
瀬戸内海は美しい自然や豊かな漁業資源の宝庫であり、人々の生活と密接に関わってきました。
1950~70年ごろの高度経済成長期にかけては、経済の急速な発展とともに、産業排水や生活排水が増加し、瀬戸内海の水質汚濁が急速に進行します。その対策として、排水規制や環境保全のための取り組みが実施され、流入する有機物などが減少し、海の透明度が上昇するなど、関係者の努力によって瀬戸内海は「きれいな海」となりました。
「きれいな海」とはなったものの、海水温の上昇や藻場(もば)の減少といった瀬戸内海を取り巻く環境変化は年々進行し、近年では取れる魚種が変化したり漁獲量が減少したりしています。海をきれいにすることも大切なことですが、生き物の住みやすい「豊かな海」にしていくことも大切です。
こうした現状のなかで、多様な生き物の住む「豊かな海」を未来に残すために、市や県、漁業者と子どもたちが様々な活動に取り組んでいます。そのうち、市内の漁業者の多くが所属する漁業協同組合の組合長に、現在の玉野の漁業の現状と未来についてお話を聞きました。

たまの漁協 組合長 三宅 眞一(しんいち)さん
水温上昇などにより、地元で昔から慣れ親しまれてきた魚が姿を消しつつあります。その代わりに、これまで見なかった、南の方で取れていた魚が増えてきましたが、地元でなじみのない魚は市場で買い手がつかず、単価も安くなる傾向にあるため、漁業者にとっては痛手です。全体の漁獲量も10年以上減少傾向が続いていて、今年は昨年の半分以下しか魚が取れていない状況です。
また、毎年12月頃になると、港の岸壁にワカメなどの海藻がぎっしり生えてくるのですが、暖冬が影響し、今年は未だ生えてきていません。安定した藻場がないと、稚魚のすみかが確保されず、このことも慢性的な漁獲量の減少につながっています。
魚が取れなくなった現状を補い、安定的な収入源とするため、また、市内の漁業を再び盛り上げるため、2年前から新たにカキの試験養殖を始めることを、漁協の皆で話し合って決めました。今年は瀬戸内海全体でカキが大量死するなど、難航していますが、今後安定して養殖ができるようになれば、市外や県外に「玉野のカキ」としてPRすることで、いずれは市の新たな特産品にしたいと思っています。
たまの漁協では特に、組合員の高齢化が進んでいて、一番の若手が50代という厳しい状況です。若い人が漁業への魅力を感じられるようにするためにも、カキの養殖を成功させたいと思っています。
また、最近では、特に若い人たちの間で「魚離れ」が目立っています。骨のない魚が好まれたり、地元の魚が食べられなかったりと、人々の好みも変化していると感じています。市内の漁業の未来のため、地元で取れる魚のおいしさを皆さんに知ってもらい、もっと食べられるようになればと思っています。
胸上漁協 組合長 國屋 利明(くにや としあき)さん
20年ほど前から、実感として魚が取れなくなっていると感じています。藻場も減ってきていますし、特に10年前からは、魚と並行して、アサリやタテガイなどの二枚貝なども見かけなくなりました。魚が取れなくなったので、必然的に漁師の数も減ってしまいました。
水質が改善され、海がきれいになる一方で、栄養塩(窒素・リンなど)が不足し生態系が崩れています。例えば、玉野で取れるタコにも異常が出てきています。エサとなるガザミなどの生物が少ないため、エサの代わりに足を食べてしまい、足が8本ではないタコが水揚げされることが多くなっています。生態系の変化などで、江戸時代から親しまれてきた岡山県の郷土料理「まつりずし」の具材(エビやママカリなど)も、現在の瀬戸内海では調達できなくなっています。
減少した藻場を再生するため、市と連携して、小型貝殻ブロック藻礁を設置したり、NPOや民間企業と協力して海底にアマモを新たに定着させたりといった取り組みを試験的に行っています。
すぐに結果が出ることはありませんが、子どもや孫世代にも受け継いでいけるように、以前の豊かな海を取り戻して、養殖だけでなく天然の魚の漁が安定してできるようになってほしいです。
漁協では、海や魚に興味を持ってもらうため、豊かな生態系を取り戻すための稚魚放流や藻場の再生などの取り組みを地元の小学生と進めています。また、ノリの養殖についても知ってもらうため、小学生に毎年ノリすきを体験してもらったりもしています。最近では、スーパーで買える切り身の状態の魚しか見る機会がなく、新鮮な魚のおいしさがあまり知られていません。子どものころから瀬戸内海や玉野の魚に興味を持ってもらうことで、将来、魚を食べる人がもっと増えたらよいと思っています。
多様な生き物の住む「豊かな海」を未来に残すために、実際に次のような取り組みが行われています。
水産資源を増やすため、人工的に育成した魚介類を成育に適した海域に放流することを「種苗放流」といいます。市や県、漁業者が協力して、県の施設で育成したガザミ、ヨシエビ、オニオコゼを種苗放流しています。
さらに、市では独自に市魚であるメバル(カサゴ)の放流を行い、水産資源の拡大を図っています。また、地元の小学生もメバルの稚魚放流を体験し、子どもたちがメバルの生態について学ぶとともに、「海の恵み」の大切さを実感する機会となっています。
瀬戸内海での漁獲量の減少は、アマモ・ガラモなどの「藻場」が減り、生態系を支える小さな魚たちの住む場所が少なくなっていることが大きな要因の一つです。こうした藻場の減少を食い止め、再生するための取り組みを行っています。
市では漁業者と連携し、小型貝殻ブロック藻礁(もしょう)を平成29年から市近海に設置しており、その数は663基に及びます。ガラモの定着を促すとともに、貝殻ブロック自体が藻場の代わりにもなり、小魚やエビ、カニ、タコなどのすみかとなっています。放流された稚魚のすみかが確保されるため、種苗放流と合わせて取り組むことにより、安定した生態系を取り戻すためにより効果的だといえます。
地元の小学生が毎年ノリすきを体験。漁業者に教わりながらノリを板状にします。自分たちで作ったノリは給食でおいしくいただいています。ノリについて勉強するきっかけや、地元で生産されるノリのおいしさを知るきっかけになっています。
海のゴミの多くは、陸で捨てられたものが風雨によって海へたどり着いているものです。毎年、7月21日の「海の日」前後に漁業者が中心となって、地元の小中学生や企業と一緒に浜の清掃活動を行っています。
瀬戸内海と玉野の漁業の未来のために、私たちができることは何でしょうか。
このような心がけは、すぐにでも始めることができます。そして何より、海や、海に住む生き物に興味・関心を持つことが大切です。
豊かな海を未来に遺すため、改めて、私たちにできることを考え、できることから始めてみませんか。
広報たまの令和8年1月号